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5章 ベラ 1節 愛しい人

 コレンの門には、先を見越したかのようにベラが立っていた。
「こんな夜中に散歩か?フィオナ。」
黄緑色の瞳がギラギラと光っている。私は当然立ち止まり、だっこしていたムリンは、一目散に宿屋に跳ねて帰っていた。
「私は騎士団に復讐するためだけに生きていた。アリスが殺されたのよ。このまま放っておけば、アユルンに立ち入った全員が危ない!」
「それで終わると思ってんのか?」
ベラの声が一段と低くなる。
「ルダレックさえ殺してしまえば、騎士団は誤った方向に動かなくなるわ。」
「万一失敗したらどうする?」
言葉に詰まったフィオナに、ベラの平手が飛んだ。
「ことの真相を知る全員が危なくなるってわかってんのか!」
「今でも同じよ!」
フィオナの胸ぐらをつかみ、ベラが叫ぶ。
「その前にお前が殺されるだろ!私はフィオナを守るためだけに生きてきたんだ!」

5章 ベラ
1節 愛しい人

 フィオナはベラがどこかへ連れて行き、取り残された私は、おじさんがいないかコレンの中をうろうろしている。おじさんに会いたい。わからないことだらけだ。
 騎士団は何をしたのか。あのクロスボウの男は誰なのか。何故男の見せた幻覚が、私が時々思い出す小屋だったのか。イヴィって誰?カイって誰?おじさんに私のことを守れと言ったのは誰?おじさんは何者なの?
「あんまふらふらすんなよ。」
木陰から声がして、見てみるとリシタが座っていた。
「お前狙われやすいんだからな。マリーに何かあったら殺すってベラに言われてんだよ。」
ぽんぽんと地面を叩くので、横に座った。
「そういえばありがとう。アユルンで。」
「一体何したらあんな変態に狙われるんだ?お前、記憶無くなってて良かったかもな。絶対黒歴史いっぱいあるだろ。」
お礼言って損した。ひとまずムリンに蹴らせておく。
「ってぇ!ごめんって。にしても、お前ヤックに何したんだよ?」
「おじさんに?」
「違う、あのおっさんも名前ヤックだっけ?俺が言ってんのは、クロスボウの方だ。」
リシタは身震いした。
「あいつホモなんだぞ……」
「え、その話関係ある?」

 リシタは震えながら話し始めた。何でも、脳味噌筋肉のリシタは頭脳労働が苦手で、日雇いで用心棒をしていたらしい。そして、ある悪名高い商人の家にいたとき、殺し屋ヤックがやってきた。ターゲット以外は手に掛けない主義で、その他用心棒達を色仕掛けで退けつつ、彼は寝室の前、最後の砦のリシタのところに来てしまった。
「ふーん、で、負けたんだ。」
「男にファーストキス奪われてみろ!!気持ち悪くて失神したんだよ!」
まだ殺される方がマシな体験をしたらしい。その他、キスされる時に可愛いだなんだと言われたとか、ほっぺた撫でられたとか、聞いてる方はちょっと楽しい話をいろいろ聞かされた。
 そんなこんなで、ヤックには手加減無しでかかったという。
「逃がしたけどな」
「リシタの手加減無しから逃げられる相手がいるの?」
リシタが片方だけ眉を上げる。
「買い被りすぎだろ……。」
そんなことないと思う。蜘蛛に襲われたときも、ノールに追いかけられたときも、昨日クロスボウの男に追われたときも、リシタが助けてくれた。
「いつも助けてくれるし。」
「お前が期待するような理由じゃねえよ。放っとけないだけだ。……本当にマリーに生き写しで……二度とマリーを傷つけたくないから、だ。もうマリーは帰ってこないってのになあ。悪あがきだ。」
正義のヒーローって訳じゃねえんだぞ、とリシタが笑う。カラカラと笑った後に、ぐっと押し黙ってしまった。
 私のヒーローじゃ不満なのね。そりゃそうだと思う。ただお姉さんに似てるだけ、しかも私はリシタが憎む魔族で、フィオナほど美人でもない。ベラほど頼りがいもない。
「でも悪い気はしねえよ、ありがとう。」
リシタは空の方を見ながら微笑んだ。そして下ろした視線の先、ベラとフィオナを見つけて手を振る。私はそっと、音を立てずに立ち上がった。

 卑屈になってるって?私みたいに、巨乳イケメンお姉さんとかふんわり美人に囲まれてみなさいよ、わかるから!サキュバスなんて男誑かしてなんぼなのに、目当ての男がびくともしないんだから。
 しかも、その恋敵がお目当てには無関心なのよ。私のこと可愛い可愛い言ってくれてたベラも、何なのよフィオナを守るためだけに生きてきたって。
 私を育ててくれた人はどこにいるの?私を生んだ人は?私に似てる誰かだとか、その時見えた姿でなくて、サキュバス抜きにして大事にしてくれる人は誰なの?

 「マリー……」
いらいらして歩いていると、後ろから声をかけられた。振り向くと、穏やかに微笑むドウィンさんがいた。
「お前が一瞬アリスに見えたんだ……膨れっ面で歩いているから、私に怒っているアリスに見えた。」
ドウィンさんはふっと笑い、それ以上何も言わず事務所へ戻っていった。手には、ボロボロの手帳が握られていた。
 リシタは、私を助けるのは悪足掻きだと言ったけれど、そうじゃないと信じたい。私が死んだ人、会いたい人に見えてしまうのは、誑かす為じゃない。その人を慰めるためだって。

 結局誰かの代わりしかできないわけじゃない、その代わりが私にしかできないんだって思いたい。きっとそうなんだよね?

4章 フィオナ 4節 ロチェスト内乱

 ああ、この子も犠牲になったのか。誰かを攻撃しなければ形も保てない騎士団に、利用されたのか。
「マリーとおっさんを狙ってた変態、逃がしちまったよ……」
飛び降りてきたリシタが、地面に転がる塊を見て口を噤む。
「アリスは私達に比べて弱かった。アユルンは危険で、騎士団の立ち入りも禁止されていた。」
「ちょっ、冗談だろフィオナ!これ、アリスなのか?救助に来た騎士団だろ!」
「騎士団の立ち入りは禁止されていた!なのに、未熟なアリスはアユルンに送られた。……いい加減、わかったでしょ。」
アリスは騎士団にとって邪魔になったのよ。絶句するリシタの横で、ベラが血の付いていない遺品を探していた。

4章 フィオナ
4節 ロチェスト内乱

 マリー、元気を出して。貴女は良くやったわ。アリスを逃がすために、村の入り口まで氷の通路を作っていたでしょう?ドウィンやハルクはアリスと仲が良かったから、ものすごくショックを受けているようだけれど……あまり関わりのなかった私からすれば、貴女の作った道を行かずに調査しようとしたアリス自身の責任だわ。……そんな実直すぎる子だから、アユルンに送られることになったのよ。
 そう……何かおかしいことには気付いていたのね。でも、まさか王国騎士団が口封じのために、騎士学校の生徒を殺すとは思わなかったでしょう?

 私が王国騎士を恨んでいるのは、内乱で両親が死んだからじゃないわ。二人は殺されたのよ。王国騎士に。
 巻き込まれたとか、間違えて斬ったとか、そんなんじゃなかった。私の両親と、私自身は、王国騎士の標的だったの。アリスと同じ理由でね。ロチェスト内乱は、元々私の口封じが目的だった。ただ、私を守ろうとしてくれた人がいっぱいいて、乱闘になっただけだった。

 今から話すこと、人に言っちゃ駄目よ。貴女も狙われることになるから。
 王国騎士団はね、昔秘密裏にある実験をしていたの……。貴女と同じような、魔族とのハーフの人間を作り出そうとしていたのよ。強いから。兵士にするつもりでね。そして、成功したの。恐ろしく強い、キメラの種族が生まれた。
 でも、そんなのバレたらまずいでしょ?騎士団は、そのキメラ達を一般人と同じように町に住ませたわ。私も最初は、お隣さんがキメラだなんて知らなかったもの。それを知ったのは、お隣さんの親子喧嘩がうちまで聞こえてきたときよ。
 お隣さんは三人家族で、お父さんとお母さんと娘だった。その娘が、まあ気が強くて……キメラのお父さんが、騎士団に駒のように扱われるのが気に入らなかったみたいよ。
 ご両親は気が弱くてね……。その娘と同じ考え方はできなかった。逆らえば殺される、キメラだから、って叫んでいたわ。私は家に帰って、騎士だった父に、キメラって何と聞いたの。キメラだから逆らえないなんて、戦場に送られるなんて、同じように生きているのにおかしいってね。父は忘れなさいとしか言わなかった。

 私は、キメラの子と仲が良かったのよ。どうしても何とかしてあげたかった。父より頼りになる人に言えばいいと思って、近所のおじさんに言ったのよ。ルダレックっていう、その頃から騎士学校に入れられてた幼なじみの父親で、ルダレックから死ぬほど怖いって聞いてたから。
 おじさんは彼が言うほど怖くなかったわ。にこにこしながら、それはいけない、きっと私の部下が職権乱用しているんだろう、きつく言っておくよと言ってくれたの。

 そしてその晩、私の家にそのおじさんが来て、両親を殺した。私にも剣を振り上げたけれど、それはお隣さんのお父さんが止めてくれた。他に住んでたキメラ達も、今戦わなくてどうする、どうせ死ぬなら戦う意味のある戦場で死んでやるって、次々騎士団に向かっていった。でも多勢に無勢だったのよ。

 わかったかしら?あら、話して良かったのかって?もういいの。私の名前が騎士団に知られた以上、時間の問題だもの……。アリスの仇は私が討つ。もうあの惨劇は起こさせない。
 忘れないで、マリー。騎士団は決して味方にはならないわ。私の両親を殺したあの男はもう死んだ。でも、息子のルダレックは、今騎士団の副司令官よ。そして今回の事件……ルダレックも、もう父親を怖がってた子供じゃないんだわ……
 ああ、この間のおじさんは大丈夫よ。あの人は、ロチェスト内乱の時に、私と友達をロチェストの外に逃がしてくれた人だから。あの時も同じように、私はおじさんを殺そうとしたんだけどね、同じように弓を渡されたの。それで思い出したわ。

 マリー、困ったことがあったらベラに言うのよ。私がした話は、ベラにもしてはいけないわ。あの子は私を追いかけてくるだろうから。
 寂しそうな顔しないで。いつかやらなきゃいけなかったの。騎士団幹部、過激派、奴らさえいなければ戦争は終わる。楽園なんて来なくたっていいわ。私が全部終わらせる。
 アリスが死んだ知らせは、おじさんがロチェストに伝えているはずよ。今しかない。騎士学校生徒会長が死んで、騎士団が混乱している今、やらなきゃ。

 マリー、貴女と過ごせて楽しかったわ。

4章 フィオナ 3節 先立たれる

 2人でちょろっと行って、南瓜だけ持って帰って、それでフェネラさん達が喜んでくれれば、アリスも満足するだろう。まだ幼いから、人の役に立ちたいだけだろう。
 そう思っていた私は、アユルンの門を火で溶かした瞬間に自分の考えが甘かったことを思い知った。溶けかけた門を壊すように、巨大なツルハシが飛び出してきたのだ。
「マリーさん!」
「うるさい、騒ぐな。襲われて当然でしょ?まあ、待ちかまえられてるとは思わなかったけど。」
ツルハシの持ち手のあたりを狙って火の玉を飛ばすと、向こうから断末魔の悲鳴が聞こえた。
「……強いですね」
「だてに囮やってるわけじゃないから」
門をくぐると、カロックくらいの大きさの人型魔族が灰になるところだった。なるほど、これと人間の混血ならハルクみたいになりそうだ。

4章 フィオナ
3節 先立たれる

 アリスは少し笑顔を見せるようになった。やっぱ怖かったんじゃないか。その後も襲いかかってくる魔族をなぎ倒していく。どうもこいつらは注意力がない。操られているからかもしれないけれど、私から妙に視線がずれている。というか、珍しくアリスの方に目が向いているようだ。
「アリス、狙われやすいの?」
「いえ、でもやっぱり僕を狙ってきますよね?」
アリスが一々びくつくのも、大勢に見つめられるからだろう。でもなんで。操られているなら、操ってる奴は、何故弱いアリスを狙い続ける?騎士団だから?
 いや、ならば騎士団が調査を怠るはずがない。何がどうなっているの?
「アリス、私が思うに、ここは長居すべきじゃない。何もかも辻褄が合わない。誰かが、嘘を吐いてる。」

「忘れたのか、イヴィ?」
突然の声に見上げれば、屋根に男の影が見えた。
「マリーさん!」
アリスが剣を抜き、私を庇うように立った。それを見て男が笑う。
「騎士学校の生徒か。夢見る少年には酷かもしれないが、知っておいた方がいいだろう。」
屋根から軽やかに降りてきた男の顔が、月明かりに照らされた。色白な肌、赤い瞳。陰影のくっきりした顔は、どこか見覚えがある。あまりに美しくて恐ろしい程の彼は、ゆっくりとボウガンを持ち上げた。
「イヴィ、思い出せ。誰に殺されたか。俺からイヴィとカイを奪ったのは王国騎士団だ。」
この男が何を言いたいのかはわからないが、この矛盾だらけの言葉はアリスを怒らせた。男に剣を突きつける。
「王国騎士団を侮辱するな!」
「坊ちゃん、下がっていてくれないか。私はターゲット以外を殺したくないんでね。」
それに、と男が見やった先には、先ほどまでより大きいゴブリンが迫ってきている。
「君にはやることがあるんじゃないのか?可哀想に、君の正義感が仇になるだろうがな。君の望まない物が出てくるだろう。」
君の正義感が仇になる、君の望まない物が出てくる、アリスは騎士団に憧れている……アリスを狙い続けるゴブリン。この男を信用するにせよしないにせよ、様々な噂の立つアユルンにアリスを連れてくるべきじゃなかった。
「アリス、この頭おかしい奴の相手は私がする。ゴブリンを撒いて逃げなさい!」
ゴブリンの群の中に、通路を作るように二枚の氷の壁を立てる。仕上げにアリスの背中を蹴飛ばして、男に向き直った。

 アリスがいなくなると、男はボウガンを下ろした。
「まるで生き返ってきたみたいだな、イヴィ。」
男がそっと私の頬にふれる。さっきまでが嘘みたいに優しい目をしていた。
「本当に何もかも忘れたのか?カイの事なんて、命がけで守るぐらい愛していただろう?それとも、守れなかった俺に幻滅したから、記憶から消したのか?」
手が首を撫でた。包み込むようにそっと。温かくて気持ちがいい。どうしてだろう、周りの火が消えて、綺麗な緑の森が広がっている。男の背後には小さなログハウス。屋根に登るはしご。私が浮かせた屋根板は、乾いて太陽の光で温まっている。
「忘れていい、消してかまわない。だからもう離れないでくれ。あんな嫌な記憶忘れていいから、俺とずっと一緒にいてくれないか。このまま元の道を歩んで、奴らに殺されないでくれ。」
男の目から流れた涙が、緑色の光を浴びてきらりと光る。息が苦しい。
「そのまま息を止めてしまえばいいんだ。もう離れることもない。監禁されることもない。殺されることもない。ずっと一緒だ。」
首が痛い。頭が重い。男の瞳に私が映った。歪んだ笑みの中に、苦しそうな、首を絞められた私が見える。このまま眠ってしまえば、燃えた村になんて戻らなくていいんだ。そんな考えが頭を過ぎった。

 リシタも、フィオナも皆、私以上に思う相手がいる。私、寂しかったんだ。リシタとベラとカロックの家族の枠には入れない。フィオナとベラも私よりお姉さんで、いつも二人で話している。ハルクは村の英雄。ある日突然、村を滅茶苦茶にするような爆発を起こして娼館から逃げてきた私を、コレンの人は暖かく迎えてくれた。でも所詮余所者で、魔族で、私の力は人を惹き付けるというものだ。私を生んだ誰か以外は、私が騙して好きにならせているようなもの。でも、私だけを愛してくれたあの人ならば……。

 突然体がぐらっと揺れ、周囲の森が消え去った。目の前には、倒れた男と、それを踏みつける王国騎士。いや、おじさんが立っていた。
「まったく、こりゃやっかいな相手だ。サキュバスのハーフか。」
「てめえ……っ!」
男がボウガンを構えると、おじさんはひらりと飛び退いた。ボウガンとは思えない勢いでボルトが連射される。そのうちの一本が腕を貫通した。
「おじさんっ!……ファイアボール!」
男に火の玉を飛ばした。火が男を飲み込み、服やら髪やらを焼いていく。が、焼けた先から再生していった。
「サキュバスの、ハーフ……」
「ああその通りだ。攻撃しても無駄だぞ。特にマリーが近くにいる間はな。ここは逃げるぞ。」
おじさんが、怪我したはずの腕で私を抱えた。走れると言ってもおろしてくれない。微かに笑って、頭を撫でてくる。不意に両腕で抱きしめられた。
「君を守ってくれと頼まれたからな。」
耳元で優しい声。すぐに走り出したおじさんの足元に、ボルトが次々打ち込まれた。あの男は誰?イヴィって、カイって誰?あの異様な武器は何?それより何より、おじさんは何者なの?先程から、人間とは思えない動きで、私を抱えたまま屋根から屋根へ飛び移っている。体に刺さったボルトも見えた。
「おじさん、私をおろして!あいつが狙ってるのは私だから!」
おじさんは答えない。ただ、だだっ子をなだめるように笑っただけだった。
 頼まれたって、どういうこと?おじさんは私が誰か知っているの?後ろから追いかけてくる男は、何故か私を狙わなかった。おじさんが次々被弾していく。
「おじさんっ!」
ぽんぽんと背中を叩かれた。
「大丈夫だ。こっちへ行けばリシタがいるから……」
「リシタ?」
「アリスを追っているようだった。全部で5人くらいだな。……っ!」
突然おじさんの体が傾いた。
「くっそ……足が……!」
私を抱えたまま、おじさんの体が屋根を超える。
「アイ……」
重力が消え、出掛かった呪文も止まってしまう。何の支えもないまま、私達は地面に叩きつけられた。

 思ったほど痛くない。
「忘れやしない、王国騎士団……二度とイヴィは渡さん……」
ふと上を見れば、男がボウガンをこちらへ向けていた。下から呻き声が聞こえる。おじさんが下敷きになっていた。
「イヴィ、生まれ変わったら、今度こそずっと一緒にいよう。心配するな。すぐに俺も逝く。」
おじさんの手が、私を引き寄せる。
 と、男が後ろに飛び退いた。
「……リシタか。」
「久しぶりだなあ、ヤック……てめえ、女に暴力か?ターゲット以外には手を出さないって、あんたのやり方じゃなかったのか?」
屋根の上には二刀流の男。リシタの剣は男の喉にぴたりと当てられている。
「何やってんだ、マリー。さっさとおっさん治療して逃げろ!」
「俺より王国騎士を取るのか、イヴィ?」
今度こそ私を狙ったボウガンだったが、再び阻まれた。ボウガンを持った右腕に矢が刺さっていた。
「馬鹿なことはやめろ。殺せる程度にしか愛していない女なのか?私には、お前がこの子を殺せるとは思えないが。」
おじさんがゆっくりと起き上がる。男は左手にボウガンを持ち、リシタと打ち合っていた。明らかにリシタが優勢だ。少し離れても大丈夫だろう。
 おじさんはまた私を抱え上げた。
「もう下ろしてってば!」
「駄目だ、マリーを守ると約束したからな。アユルンは危険だから入るなと言ったのにお前という奴は……」
笑いながら、ひょいひょいと屋根に登る。
「だってアリスが1人で行くとかって馬鹿なこと言うから!」
「アリス!」
ハルクの叫び声が聞こえ、下を見た。

 墓場の中を走るアリス。赤い大きなゴブリンが追っている。もう逃げ場がなかった。
「アリス、こっちよ!」
フィオナが叫びながら、何度も柵に体当たりしている。燃えている村の鉄柵は熱く、盾のないベラとハルク、カロックには為す術がなかった。
 私達が見ている前で、ゴブリンの手がアリスの頭を掴む。と、視界が真っ暗になった。
「見るな。」
おじさんの声がする。フィオナ達の声が消えた。ただ、パチパチと家が燃える音だけ残った。

4章 フィオナ 2節 王国騎士

 コレンの門が開く。驚いて見ると、フィオナが立っていた。
「マリー、何も言わずにいなくなるなんて!アリスがアユルンに行ってからおかしくなって、最近姿を見ないって聞いて……マリーにも何かあったんじゃないかって心配したのよ!」
駆け寄ってきたフィオナにぎゅっと抱きしめられる。数歩ロチェストヘ戻っていたおじさんは、こちらを見てふわりと微笑んだ。
「村の人に心配をかけるなよ。南瓜も一緒に探してもらうといいだろう。」
その声に、フィオナがはっと顔を上げた。

4章 フィオナ
2節 王国騎士

 次の瞬間、おじさんが立っていたところに剣の軌跡が光った。フィオナだ。唖然とする私の前に、おじさんがふわりと着地する。
「フィオナ!?」
「マリー、その男から離れなさい!」
後ろから怒声が聞こえたかと思うと、盾を構えて突進してきたフィオナにおじさんが吹き飛ばされた。が、くるりと回転しながら起き上がり、振り下ろされたフィオナの剣を素手で掴んで止める。フィオナの顔が強張った。
「っ!」
「なかなかの腕だな……お嬢ちゃんの保護者か?」
「何故マリーに近づいたか言ってみろ!」
フィオナが叫ぶ。意味が分からない。
「王国騎士が……マリーまで実験材料にするつもりなら、差し違えてでも殺してやる」
激昂するフィオナに、おじさんは、ああ、と溜息を吐いた。一体どうしたんだろう。フィオナいわくおじさんは、王国騎士らしい。改めてみれば、おじさんの胸にはドウィンさんの帽子と同じマークがついている。でもそれが、どうして問題なのか。実験って?
「君は、ロチェスト内乱の被害者だったのか……。誓って言おう、私は法皇庁側の人間ではない。君に恨まれて当然ではあるがな」
置いてけぼりの私をよそに、おじさんは続けた。
「私はあの日、武装していない人間や女子供は一切手に掛けなかった。だが、あの内乱を、収め、全ての住民を避難させる力を持たなかったのも事実だ。」
「騎士団が実験の反対派を殺したのは事実よ!絶対に許さない。」
剣を引き抜こうとしたフィオナだったが、おじさんに掴まれた剣はぴくりとも動かない。おじさんが首を振った。
「話を聞いてくれないか。どっちみち、この状況は君に不利だ。」
と、おじさんは剣を手放した。フィオナが身構える。しかし、おじさんは背負った弓をおろすと、フィオナに差し出した。
「不安ならば持っておくといいだろう。」
しばらく考えた後、フィオナは首を振った。何故かよくわからないけれど、おじさんを信用することにしたらしい。

 フィオナがおじさんを警戒した理由……それは、おじさんが王国騎士だったからだった。10年前のロチェスト内乱。王国騎士と反乱軍の争いは、ロチェスト住民にも被害をもたらした。多くの民間人が犠牲になり、中には騎士に殺された者もいたという。
 あれからフィオナは、右往左往しているハルクと、アリスを捜しにロチェストへ行ってしまった。アリスというのは、ドウィンさんに付いてきていた騎士学校の男の子だ。おじさんもフィオナも、私には何も教えてくれない。ただ、アユルンへは近付くなと言うだけ。
「どうして皆、アユルンに拘るんだい?」
アユルンには何があるのかとフェネラおばさんに聞くと、悲しそうな顔で首を振られた。
「関わっちゃいけないよ。私は何も見ていないと言うと約束したんだ。」
「約束……ってことは……言葉の通じる相手と?」
「……何も言えないよ。」
おばさんは目を逸らし、桶から染めている布を持ち上げた。
「そんなことより、ハロウィンを楽しみなさい。南瓜の飾りが無くても、かわいい仮装の女の子だけで華やかな祭りになるからねえ……マリーは何の仮装をするんだい?」
思い切り話題を変えられ、戻すだけの図太さなんて私にはない。大人しく答えようとしたときだった。

 背後からの足音に振り返ると、アリスが立っていた。
「あの……ハルクさん知りませんか?」
様子がおかしかったなんて思えないほど元気だった。
「ハルクなら、アリスの様子がおかしいってロチェストまで追いかけていったけど?」
「ええっ!?じゃあ入れ違いになったんですね。良い知らせがあったのに……僕、アユルンの調査を騎士団直々に許されたんですよ!フェネラさん、貴女の街がどうしてあんな事になったのか、僕が明らかにします。原因が分かれば、今度はもっと強い街を作りましょう?」
アリスの笑顔に、おばさんも驚いたような顔はしたものの、頷いた。
「嬉しいねえ、騎士団の人が力になってくれるなんて。」
「任せて下さい!あ!」
アリスが私の後ろに手を振る。
「ハルクさん、良い知らせがあるんですー!」
急いで戻ってきたのだろう、ハルク、フィオナが思い切り溜息を吐きながら首を振っていた。
 ハルクがまずしたことといえば、アリスを抱き上げてがんがん揺さぶることだった。
「ふらっと出て行くから心配しただろ!」
心配するなら今のアリスの首を心配してやるべきだと思う。
「先生に聞いてみるって言ったじゃないですか。そうなんですハルクさん、校長先生が掛け合ってくれて、騎士団からアユルンの調査を許されたんです!それも僕が責任者です!」
驚いたハルクが手を止める。フィオナも目を丸くした。
「騎士団がアユルンの調査を許した?」
アリスが頷く。
「ドウィン様は心配性だから内緒です。あと、びっくりさせたいから!」
きらきらした目で言うアリスに、フィオナは腑に落ちないという顔で首を傾げた。それを気にもとめず、アリスは宿へ走っていった。ティイに自慢するつもりなんだろう。

 みんなの話からするに……まず、ドウィンさん曰わく、アユルンへは騎士団から立ち入り禁止命令が出ていた。でもハルクやアリスは、言いつけを破ってアユルンへ行き、ショックな物を見た。アリスは学校に戻って……アユルンの調査を依頼したのかもしれない。それにしては、フィオナたちの驚き方が変だったのは気になるけれど……。
「ハルク、アユルンには何があったの?」
「自分の意志で動いていないゴブリンだ。妙な感じはしたけど、アリスが何故あそこまで動揺したのかはわからない。まあ、一度も戦場に出たことがないなら、人骨の転がった村は気持ちのいいものじゃないさ。」
自分の意志で動いていない……ということは、何かがゴブリンにアユルンを襲わせているということ。わざわざそんなことしなくても、ゴブリンは人間の村なら襲いそうなものだけれど。
「わからないわね……アユルンは綺麗で穏やかな村だったはずよ。魔族からすれば襲っても意味はないし、人からしても特に資源もない、恨みもないわ。誰の仕業?」
フィオナも頬杖をついて顔をしかめている。ハルクは剣の手入れを始めた。流石リシタ並みの脳筋だ。
「それを騎士団も調査してるんじゃないか?戦時に内輪もめなんて最悪だろ?」
考えることを放棄したハルクを横目に、私はハルクの言葉が間違っていると直感的に思った。
 ゴブリンを操っているのは人間だと思う。魔族にはそうする理由がない。でも、それくらいは騎士団の中で一番頭が悪い奴でもわかるはずだ。そして、それは魔族が攻めてくるより忌むべき事態だ。ここまではハルクの言うとおり。
 でも、それを理由も無しに今の今まで放っておくだろうか。最初に救助にあたったとき、操られたゴブリンがいたはずだ。なら、危なかろうが何だろうが、調査するはずだ。今まで調査しなかったのは意図的だということになる。ならば何故今更調査を?
 だめだ、矛盾が多すぎる。ただ、おじさんに言われたことを思い出す。おじさんは、魔族に襲われただけの村ではないと言った。サキュバスをこれ以上殺されたくないから行くなと。おじさんのお嫁さんは、人間に殺されたと。

 アリスを次に見かけたのは、寝る前だった。鎧戸を閉めようとしたとき、傭兵団事務所から出てくるところが見えた。周りに人がいないか確認してから、船着き場へ走っていく。
 私に見られていることにすら気付かない子が1人でアユルンに行こうだなんて。只でさえ疑惑の多い場所だ。
「アリス」
名前を呼べば、びくっとしてこちらを見る。全く、肝の小さい奴。
「ドウィンさんに怒られるよ」
「功績をあげれば……」
「一般人の視線に気づけない子が何言ってんだか。」
窓から屋根に出て、隣に飛び降りた。
「私は傭兵団員じゃないの。どこに行こうと罰なんて受けないから……どうしても行きたいなら私がついて行く。」
アリスが思い切り首を振った。囮だとかなんとかもごもご言っている。
「魔族が多くて危険だと言いたいの?」
「そうですよ!信じられないくらいの数が……ましてマリーさんは魔族に狙われやすいってドウィンさんが!」
綺麗な澄んだ瞳が、心なしか潤んで見えた。怖いならそう言えばいいのに。男の子ってどうでも良いところで意地を張る。
「今日はリシタさんもいないんですよ!」
「悪いけど、私単体でも貴方よりは強いから。第一、1人で行って、戦いながら調査できるの?相手全滅させないと調べるどころの話じゃないでしょ。」
私と行きたくないならドウィンさんと行きなさい。そう言うとアリスが固まる。どんだけドウィンさん怖がってるんだ。
「一緒に行ってください……。」
村の人がアリスをもてはやして可愛がっているのを聞いたことがある。今ならみんなの気持ちが分かる気がした。この子、犬みたいで可愛い。





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4章 フィオナ 1節 ダンディー

 コレン女子会は、あれから何度も開かれた。これは、十月も終わりに近付いたある日のこと。
「ハロウィンの仮装どうするの?」
いつもにましてテンションの高いクローダが、どうするのと言いつつドサッと何かを置いた。嫌な予感しかしない。普段着に仮装のような服を作る奴だ、骨だけ抜いた魔族の皮が出てきても驚かない。
「マリーは魔女だよね!」
「それ本職よ。」
思った以上にまともな役割で拍子抜けする。
「えー、悪い魔女だよ?ほらみて、この大胆な衣装!」
「却下だ。」
ちらっと見えてわかったのは、ホルターネックで臍までV字に開いているという事だった。案の定、ベラの手がその衣装を没収してしまった。

4章 フィオナ
1節 ダンディー

 そんな話題に付いていけない人が一人。
「いいねえ、私も若くなりたいよ。」
優しい声で言ったのはフェネラおばさんだ。私がコレンに来る一月ほど前、村を焼き払われて逃げてきたらしい。
「フェネラおばさんもやろうよ!」
「私はこの体型じゃあ、南瓜くらいしかできないよ。」
思わず吹き出してしまった。おばさんはただにこにこしている。
「南瓜といえば……今年はどうやって調達しようかね……アユルンはもう危険で入れないし。」
「ハルクに頼めばいいんだよ!」
アユルンに何があったか知らないが、ドウィンさんがクローダの頭を叩いて黙らせたことからして、相当危険なんだろう。
「奴が立ち入り禁止の場所に入るのはこれ以上容認されないぞ。傭兵団ごと罪に問われてもいいのか?」
「そうだよ、まだ魔族がいるかもしれないからね……焼けてしまって、南瓜も残ってないよ。」
フェネラおばさんは悲しそうに笑った。その顔を見てわかった。きっと嘘だ。それに、村が焼き討ちされたって、畑の真ん中までは火が回らないはずだ。ただ、魔族がいて危険だから、遠慮しているだけ。
「でも、南瓜の飾りがないと寂しいねえ。」
ドウィンさんが俯いた。
「申し訳ない、騎士団で立ち入りが禁止されているから……。」
「いいんだよ。」
どうにも後味が悪い。みんな忘れてない?ハルクは傭兵団員でいけない、リシタ達もそう。ドウィンさんもだめ。でも私は?戦えるし、カロック曰わく不死身だし、取りに行ってもいいんじゃない?

 とはいえ、私だってわざわざ魔族うじゃうじゃの村に行きたくはない。
「子猫ちゃん、一緒にお昼でも……」
「こんな可愛い子が一人で歩いちゃ危ないよ」
「お嬢さん」
「お嬢ちゃん」
まだ、まだ、クズだらけの街の方がマシだ。道を聞くために声をかけようと思うまでもなく、身の程知らずがナンパしてくる。ロチェストの酒場に着くまでに軽く20人くらいの男を沈め、酒場のドアを開けると、女主人がニヤニヤしながら待っていた。
「お嬢ちゃん、モテモテだね?」
「見てたんですか。」
「客が、別嬪さんがいるって騒ぐからさ。それは置いといて、見慣れない顔だね。どうしたの?」
そう彼女が言う間にも、酔っ払いが私に文字通り絡まってきた。それを軽くおたまで殴って追い払い、店の奥の席に案内してくれた。「お姉さん、南瓜はありますか?」
「南瓜を買いに来たの?残念だけど、産地のアユルンが襲われてから手に入らなくてね。うちも困ってるのさ。」
「アユルンかぁ?ヒック……それならぁ、俺がぁ!」
どこからか酔っぱらいの声が聞こえる。と、向こうが一瞬騒がしくなり、次の瞬間店内がしんと静まった。
「お嬢ちゃん、南瓜は諦めな。」
静まった向こうから、落ち着いた足音ともに男がやってくる。またかと身構えると、その男がふっと笑った。
 ハルク程じゃないけれどリシタより遙かに背が高く、年はカロックくらいだ。確かにこの人なら、ナンパなんてせずとも美人の奥さんと可愛い子供に恵まれていそうだった。
「お嬢ちゃん、このおっさんは大丈夫だよ。いつもああやって酔っ払いを始末してくれる人さ。」
主人がその客の肩を叩く。
「まあ、君みたいな可愛い子は警戒するに越したことはない。」
彼は私の横の椅子を引いて座った。顔がよく見えるようになって、私は驚いた。この人、ボサボサの髭で損している。眉毛までボサボサだけれど、綺麗に整えたら絶世の美男だ。
「何口説こうとしてんのさヤックさん。ただでさえロチェスト一の男前だってのに。」
「こんな髭の男やもめのどこがだ。若い子が相手にするはず無いだろう?」
なあ?と見てきたけれど、髭がなかったらどうかわからない。
「ほらもう、お嬢ちゃんぽーっとしちゃってるだろ!用がないならあんたも追い出すよ!」
「ひどいなあ……じゃなくてだ、お嬢ちゃん、アユルンには首を突っ込まない方がいい。ハロウィン用の南瓜が欲しいんだろうが、もうあそこは二度と入れない村だ。」
ヤックさんは、いい子だから今年は我慢するんだぞ、と頭をなでてきた。この人もたいがい軟派な人だ。ヤックさんを見上げると、お父さんが子供を諭すような笑顔だった。ヤックさん子供いるのかな?ん?ヤックさん?ヤック!?
 がたっと立ち上がると、ヤックは心底驚いたように仰け反った。その隙に、フルパワーで冷気を集める。
「お嬢ちゃん!?」
「何のつもりよ!貴方、ヤックって、指名手配犯の!」
危ないところだった。紳士だと思って油断したけれど、私は殺し屋にも狙われかねないんだった。
「ちょっと待て、違う、私は違うから!」
「うっさいだまれ!アイスブラスト!」
男に氷の霧を吹き付けると、あっけなく凍りついた。お手柄だ!
 お手柄、なのか?ヤックといえば、騎士団が束になってかかっても捕まらない男だ。いくら最大出力でアイスブラストをぶつけたからといって、こうも簡単に捕まるものなのか?
「お嬢ちゃん、ちがうよ!この人指名手配犯じゃないよ!」
女主人がわたわたとお湯を持ってくる。
「でもヤックって。」
「確かに顔も似てるし名前一緒だけど、どう考えてもこのおっさんじゃ年取り過ぎだろう?」
どうやらまずいことをしたらしい。

 数分後、解凍されたヤックさんに土下座した私は、何故かケーキを奢ってもらっていた。主人もジュースをサービスしてくれた。どさくさに紛れて、解凍するのと一緒に店にも再生魔法をかけたからかもしれない。
「いやあ、君みたいな元気のいい子がいると心強いよ。」
ヤックさんは私の魔法の容赦無さが気に入ったらしい。ドMかとおもったけれど、なんでも昔使えた魔法が年とともに使えなくなったんだとか。久々に魔法を目にして懐かしかったらしい。
「亡くなった妻も、魔法使いだった。息子も、妻程じゃないが使えたんだ。息子には時々間違って氷漬けにされたよ。」
ヤックさんは寂しそうに眉を寄せた。
「妻はサキュバスだった。君もだろう?同じ感じがするよ。」
「おじさん、わかるの?」
「ああ。サキュバスには独特のオーラがある。だから尚更、アユルンには手を出してはいけない。君は魔族からも人間からも狙われる。」
おじさんは、女主人カリスが酔っぱらいの相手をしているのを確かめてから声を低くした。
「私の妻を殺したのは、過激派の人間だった。お嬢ちゃん、アユルンは立ち入り禁止になっていると知っているだろう?魔族がいるだけなら、騎士団が立ち入れないわけがない。ただ魔族に襲われただけの村ではない。」
おじさんが私の両肩に手を置いて、真正面から見つめてくる。
「私はこれ以上、サキュバスを殺されたくないんだ。絶対に行くんじゃない。」
「は、はい」
「いい子だ。」
くしゃっと頭をなで、おじさんは何事もなかったかのようにまた普通の声で話し始めた。
「南瓜の産地というほどでもないが、オルテル領に行ってみてはどうだ?あそこは農村が多いから、南瓜を育てている農家もあるだろう。」
あそこの領主とは知り合いでな、とおじさんが取り出したのは、コウモリのエンブレムだった。
「これを持っていれば、領主の奥さんがよくしてくれるだろう。」
「……すごくパンクな人なのね。」
普通の領主様の奥方は、コウモリなんて身につけないと思う。おじさんは笑った。
「ああ。びっくりするだろう。」
その奥方は想像を遙かに超える存在らしい。会ってのお楽しみだと教えてくれないおじさんに連れられ、私は酒場を後にした。

 ロチェストは危ない街だから、ひとりで出歩くんじゃないぞ……そう言って、おじさんは私をコレンまで送ってくれた。
「オルテル領は?」
「あそこは自治領だ。王国騎士団が立ち入ることも滅多にない。」
何より、例の奥様がいるから安心だと言って、おじさんはコレンの門で背を向けた。
「おじさん、コレンに泊まらないの?」
「ははっ、一応妻帯者なもんでな。いくらこの世にいないとは言え、無断外泊は気が引けるよ。」
「そう……。」
おじさんの笑顔はどこか妖艶だった。まったく、私はサキュバスだというのに、報われない恋しかしない。リシタはフィオナばっかり、おじさんは未亡人。おじさんには恋してないけど……あんなに思われるお嫁さんが羨ましくないわけじゃないんだ。



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ようやくおじさん登場。
結構前に奥さんを亡くした独り身です。髭ぼさっとしてどことなくやつれてるけど、滲み出る色気と元の造形の良さで無自覚ナンパしてしまう罪な男。
でも奥さん以外愛せません。

このあともちょくちょく出てくる重要人物です。
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