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5章 ベラ 3節 胸囲の格差社会

 別れ際、おじさんは言った。ルダレックには、死なない私は騎士団の戦力になる上、囮としても使えると言っておいたと。要らなくなれば殺してしまえばいいと言うと、ルダレックは殺し方を問うたそうだ。おじさんは正直に答えた。サキュバスを殺すのは精神的なダメージ、愛する人からの裏切りのみだ……だからおじさんが私を虜にして、いざという時に捨てればいい、と。
「それでお前を騎士学校に入学させることに同意した男だ……マリー、何があってもあの男と騎士団には気を許すな。奴らが、イヴィを殺した……。」
「ん?おじさん、さっき魔族に殺されたって言ってなかった?」
ふと浮かんだ疑問を口に出すと、おじさんは大きく目を見開いた。
 やめてよ、おじさんまで私のこと適当な扱いしてるとか。せめて、嘘なら吐き通してよ。

5章 ベラ
3節 胸囲の格差社会

 このままコレンに帰ったら、絶対にフィオナとベラに怒られる。リシタがその前に吊し上げられているだろう。さまよううちに思い出した。南瓜。アリスを殺され、おじさんにも嘘を吐かれて、もう最近あったこと色々忘れたい。ハロウィンが来るなら、良い機会だ。可愛い飾り付けをして、おいしいものを食べて忘れよう。

 オルテル領はそう遠くなかった。
『何か嫌な感じがする。』
『僕知ってるよ。戦争の後のにおいなの。』気分転換に来たのに、このムリンの答え。オルテル領の端の村は、今や物見櫓しかない。魔族に滅ぼされてしまったようだ。しかし、転がっている骨の中には人型でないものも……いや、人型でないものの方が多い。
「あーら、誰かと思えば可愛いサキュバスちゃんじゃないの。」
その骨の山の上、恐ろしく場違いな女性が立っていた。黒い革のはちきれそうな服が官能的だ。手には、巨大な鎌。頭には軍帽。どう見てもSMの女王様。
『うっわー!バインバインだ!マリーの三倍くらいある!!』
私の手がムリンを吹っ飛ばしても悪くないと思う。このエロ魔獣め、絶対オスだ。
「あーら、見る目のある子じゃないの。」
「何なんですか貴女。」
女性はウィンクした。
「私に会いに来たんでしょう?そのエンブレム、ヤックに貰ったのかしら?」
この女王様、おじさんが言っていた領主の妻らしい。踏まれたら血が出そうなヒールで骨を踏み砕きながら降りてきた女性は、私の頬を両手で包み、じーっと見てきた。
「流石、三人もの男に愛されるだけはあるわね。今生きてるのはマリーちゃんだったかしら?かわいいお顔ね。」
「貴女は?」
「シルヴィアよ。こんなところで話すのもあれだし、私のお部屋にいらっしゃい。」
シルヴィアさんが指を鳴らすと、あたりの景色は変わり、豪奢な寝室になった。

 シルヴィアさんはベッドに寝転がると、ムリンを抱き寄せた。そのまま、私にもベッドの上に来いと言う。靴を脱いであがると、私も抱き寄せられた。
「……何なんですかこれ」
「あーら、寂しそうな顔してたから、甘えたいかと思ったんだけど?」
嫌ではない。腹立たしいが胸も気持ちがいい。
「相談したいことがあるから来たんじゃなくて?」
「え、あー、南瓜ありますか?」
「南瓜?ああ、ハロウィンね。無いわよ、アユルンがあんな事になってしまったもの。」
「じゃあ帰ります」
「まあ待ちなさいよ。他にもあるでしょ、悩み事。」
見上げると、大きな目が優しく弧を描いていた。
「ヤックさんが、嘘吐いてきたんです。奥さんを人間に殺されたって。でも、ロセンリエンの迷宮で見たおじさんの記憶では、魔族が襲ってきてた。」
「あら、何もおかしいことないじゃない?魔族に襲わせるようにし向けたのが人間だったのよ。」
シルヴィアさんの手が、ゆっくりと髪の間を滑る。
「どういうことですか?」
「そのままよ。理由は知らないけど、騎士団はよく使う手だわ。魔族は敵である人間を躊躇いなく襲うでしょ?対して人間同士の殺しあいは捜査されるの、だから襲うようにし向ける。ヤックは、実際に本能的に手を下した魔族より、殺人教唆した人間を強く恨んだ。それだけよ。」
そういう話ではない。なぜ騎士団がそんなことをしたのかだ。
「それとも貴女、騎士団を信じてるの?」
「それだけはないです。」
首を傾げたシルヴィアさんに言う。
「わざわざ魔族に頼む必要なんてあるんですか?第一魔族は敵なのに、言うこと聞いてくれるはずがないでしょう。自分で殺した方が、尻尾捕まれる可能性も低いし……」
「貴女ね、自分をなんだと思ってるの?サキュバスを全うに倒せる奴が騎士団なんかにいるかしら?襲ったが最後、騎士団が全滅して終わりよ。」
「でも、イヴィさん達は死んだ……」
シルヴィアさんが目を伏せた。
「そりゃあ、魔族の一個大隊が子供一人抱えた夫婦に襲いかかってきたら話は別よ。」

 おじさん、クロスボウのヤック、そして今指名手配されているヤックは、皆シルヴィアさんのところへ来て、同じ話をしたという。王国騎士団が森に仕掛けた罠を見つけた。それらは魔族に、イヴィとともに暮らす家への獣道を通らせるような配置をされていた。そうでなければ、ロチェストへ続く道を通ったはずだった。と。
 つまり騎士団は、一人目のイヴィさんとおじさん、二人目のイヴィさんとヤック、私と指名手配犯の殺し屋ヤックが住んでいたあの家に、何度も魔族を差し向けたのだ。
「魔族からすれば、サキュバスとサキュバスのハーフを殺せることは、ロチェストに住んでるただの人間数千人を殺すことより価値があるのよ。……その分、部隊はほぼ全滅に追いやられたとしてもね。騎士団としては、ロチェストを襲われたら大損害。利害の一致よ。」
カロックが言っていた。サキュバスや、魔族とのハーフは最後の砦だと。でも、私達は、他の平和ボケした奴等のために生きてるわけじゃない!私だって、ずっとあの森で、あの優しい誰かと、あの指名手配犯と、一緒に暮らしたかった!
「騎士団に比べたら、おじさんの嘘なんて些細なものでしょう?許してあげなさい、嘘でもないんだから。」
「じゃあどうしておじさんは騎士団にいるの!」
「騎士団のダークサイドのトップは、今、あのおじさんの直ぐ側にいる……わかるでしょう?恐ろしい男よ、自分を信頼させて、依存させて、その後に斬り捨てる。心身共に、自分が味わった以上の苦しみを返そうとあそこにいるのよ。……ふふっ、流石はサキュバスの血が流れた男ね。」
シルヴィアさんは薄暗い目で笑った。
「おじさんが、ハーフ?」
「ええそうよ、ヤックは何の因果か、全員サキュバスのハーフだった。面白いことになるわ、生き残った三人のハーフに、騎士団が太刀打ちできるのかしら……早く見たいわ、騎士団と、法王庁が消えるところ。さぞ絶景でしょうね!」
 狂気の笑い声が部屋に響きわたる。ムリンはびくっと私に飛びついてきた。
「インケルスと私を引き裂いた罪、私は絶対に赦しはしない……楽しみだわ、アハハハハハハハ…」
シルヴィアさんの笑い声に思わず目を閉じる。再び目を開くと、そこは骨の山の上だった。
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5章 ベラ 2節 策士

 私がロチェストにいるとフィオナ達にばれたら、後で大目玉を食らうだろう。その前に、私に撒かれたリシタが半殺しにされるか。急いで帰らなければならない状況で、おじさんを知る人に会えたのは助かった。
「ヤックか。それなら私の副官だが。」
出てきたのが金髪ゴリラでなければ。
「お前がマリーか。腕が立つと聞いている。丁度良かった、お前を騎士学校に推薦しようと思っていたところだ。」
きな臭い話になっていなければ。
「私はルダレック、王国騎士団副司令官だ。」
金髪ゴリラが、よりによってフィオナの天敵でなければ。

5章 ベラ
2節 策士

 なにが悲しくてこんなゴリラとお茶会しなきゃいけないの。私おじさんに会いに来たのに。もっとダンディーで加齢臭もしない優しいおじさんと!
「聞いたとおり、警戒しているようだな。無理もないか。まず言っておこう、お前を捕らえるために甘い話をぶら下げているわけじゃない。」
騎士学校のどこが甘い話だ。
「君はサキュバスだそうだな。運命の相手に出会わない限り死なない上に魔法に長けている。騎士団としては放っておくのはもったいない存在だ。お前も、魔族と人間に狙われる立場で苦労しているだろう。騎士団に入れば、魔族に単独で狙われる危険も減る。人間からもだ。悪い話じゃないだろう?」
はなから乗る気なんてないので、話の半分も頭に入っていない。
「何とかいえばどうなんだ。」
ルダレックの化けの皮が剥がれかけたとき、王国騎士団事務室の扉が開いた。
「おや、マリーか?」
おじさんだ。このゴリラから解放されたくて、失礼も顧みず立ち上がっておじさんの方へ逃げると。おじさんが眉を片方だけ下げて笑った。
「何でお前に伴侶がいるのか不思議だ、ルダレック。何をしたらマリーにこれだけ怖がられるんだ?」
「普通に話していただけだ。」
「どうせ仏頂面だったんだろう?マリー、騎士団の話か?」
頷くと、くしゃくしゃと頭をなでられた。
「悪いな、びっくりさせて。ルダレックに推薦したのは私だ。ルダレックに言われただろうが、君は野放しにするには些か不用心すぎるからな。」
おじさんは、人間に奥さんを殺されたと言っていた。なのに何故、こんな腹黒い騎士団に私を入れようとするんだろう?
「……ルダレック、お前が怖がらせるからだ。私は信用されていたんだが。」
「知るか。私は最大限優しく話したつもりだ。」
ルダレックと言い合いながら、おじさんは私に手を差し出した。
「こんな堅苦しいところじゃ息も詰まるだろう。私と散歩しながら話そう。」
おじさんがくいっと方眉を上げた。どうやら、こうなったのには、ここで話せないわけがあるらしい。

 おじさんに連れてこられたのは、なんだかよくわからない建物だった。
「ロセンリエンの迷宮だ。」
「これが!?」
「知ってはいたのか。傭兵たちの間では有名だからな。王国騎士団総司令のカダン以外クリアした者がないと。」
ロセンリエンの迷宮といえば、私がまだコレンに来たばかりの頃、規格外に強かったハルクが挑戦して失敗した場所だ。なんでも、フィオナとリシタとカロックと私のドッペルゲンガーがいて、ぼっこぼこにされたんだとか。
「だから誰も追ってこない。ゆっくり話が出来るぞ。」
そんな危ないところ、入りたくない。顔に出たのか、頭を撫でられた。
「実を言うとな、何も知らない子供がここに入ったら、無傷で最下層に行ける。この迷宮は、怖がる心につけ込んで幻覚を見せる。だから、自信満々のカダンに対しては、倒せる敵しか出なかったんだよ。」
「おじさんはクリアしたの?」
「昔な。」
そう言って一歩踏み入れると、部屋は、あの森の中の家になった。
「私は幼い頃、魔族に襲われて母を殺され、父とはぐれた。成長して妻と息子とこの家に戻ってきたが……魔族に妻を殺され、私も死にかけ、息子は行方不明になった。ずっとこの家に帰りたかった。」
この家に?
「おじさん、これは私の家よ。」
「知っているとも。私はここに住んでいたという男に、君のことを見つけたら守ってくれと言われていたんだから。」
「おじさん、その人誰!あのクロスボウの男も、私に幻覚でこの家を見せたの。ここはどこ?あの男は誰!おじさんは誰なの!」
胸ぐらをつかんで怒鳴ってしまったが、おじさんは微笑んだだけだった。
「あの男はおそらく、ここに住んでいたことがあるんだろう。そして不運にも、妻と子供を失った。君はサキュバスだ。愛しい人の姿に見えることもある。あれだけ錯乱していたら尚更だろうな。」
「そんなのおかしい!あいつは私とおじさんを殺そうとしたんだよ!」
おじさんが押し黙る。ふっと遠くを見た。森の奥だ。
「あっちから、魔族が来た。」
かすかに笑う。
「私のもっとも恐ろしい思い出だ。妻と息子を守れなかった。目の前で妻が殺されるのを見るくらいなら、魔族に負けると決まっているなら……もう一度おいて逝かれるくらいなら、私は自分の手で妻を殺すだろう。誰にも、妻は渡さない。」
おじさんはその場に座り込み、空を見上げた。
「そういうものだ。」
 この森は穏やかだった。ただただ静かで、空気がきれいで、黄緑色の光が温かい。
「良いところだろう?ここで、誰にも見つからず、三人で幸せに暮らしたかった。」
と、私の横に女性が現れた。銀髪に、褐色の肌、銀色の瞳、これは……
「私の妻だ。君によく似ているだろう?」
私に生き写しだ。女性は座っているおじさんの隣に座った。
「もう隠せそうもない。何故ここで悲劇が繰り返されるか教えてあげよう。但し交換条件だ。もう直ぐ魔族が現れる。倒せ。」
おじさんは、女性が見つめても目を合わせようとしない。声が震えていた。
「私は死んでも、拷問で手足を千切られても何も怖くない。ロセンリエンの迷宮は、妻を殺されたあの時を私に見せる。妻にも魔族にも、指一本触れることは出来ない。……だが、これは君の恐れているものじゃないだろう。君なら幻覚を壊せる。」
森の中に、無数の影が揺れている。私が手を掲げただけで、影は崩れていった。気付けば、女性も薄れていく。女性は驚いたような顔をして、そして笑った。
「そうだ、きっと終わりだ、イヴィ……」
おじさんは女性の頬をなで、にっこりと微笑んだ。
「イヴィ?」
「驚いたか?あの男が言っていた名前だろう?」
女性が消えると、森も消えた。
「サキュバスは、恋人と結ばれるため、自分と恋人を引き裂いた力を滅ぼすために生まれてくる。イヴィは私の妻として殺された後生まれ変わり、私に似た男と恋に落ちた。」
「寂しくないの?」
おじさんは首を振る。
「寂しいに決まっているだろう。だが、私もあの子を妻だとは思わなかった。そりゃそうだろう、妻は生まれ変わって幼子に戻っていたんだから……クロスボウの男が二人目のイヴィを育て、妻とした。しかし亡くなってしまったようだ。そしておそらく、君が三人目だ。」
「え、待ってわからない」
おじさんのお嫁さんがイヴィで、クロスボウのお嫁さんもイヴィで、それが生まれ変わって私になった?
「私はおじさんのお嫁さんなの?」
「いや。君は選ぶ力を持った一人のサキュバスだ。前世になんて縛られなくていい。私が君につきまとっているだけだ。マリー、君には君の選んだ男がいる。本当は、私はその男に君を守れとは頼まれていない。私に頼まれたんだ。妻の不運な転生をこれ以上起こさせないようにとな。君が選んだ君を捜す男がいるのは事実だが、生憎君を捜し出せていないようだ。その男が君を見つけるまで、私が守ろう。」
頭に置かれた手がとても温かい。おじさんの長いまつげに付いた涙が、たいまつの光できらきらしている。本当にかっこいい人だ。
「その人じゃなくて、おじさんのお嫁さんだったら良かったのに。そしたらリシタも忘れて、恋煩いなんてしなくていいし、おじさんの方がかっこいいし。」
「おじさんをからかうもんじゃない。……リシタが好きなのか。」
おじさんににやりとされ、私は口を滑らせたことに気付いた。
「ちょっと、内緒よ!」
「お前を捜す男がいささか不憫だが……リシタに取られる程度の男じゃあ、マリーには不釣り合いだろうな。しかし、リシタも見る目のない男だ……。」
するりと頬をなでられて、背中がぞわっとした。
「こんなかわいい子を逃がすなんてな。」
「おじさんこそ、子供だと思ってからかわないで!イヴィさんが天国から怒るよ!」
「怒らないさ。」
おじさんは笑って立ち上がったかと思うと、私の目をじっと見つめながら言った。
「俺はもう、イヴィ以外は愛せないからな。」

5章 ベラ 1節 愛しい人

 コレンの門には、先を見越したかのようにベラが立っていた。
「こんな夜中に散歩か?フィオナ。」
黄緑色の瞳がギラギラと光っている。私は当然立ち止まり、だっこしていたムリンは、一目散に宿屋に跳ねて帰っていた。
「私は騎士団に復讐するためだけに生きていた。アリスが殺されたのよ。このまま放っておけば、アユルンに立ち入った全員が危ない!」
「それで終わると思ってんのか?」
ベラの声が一段と低くなる。
「ルダレックさえ殺してしまえば、騎士団は誤った方向に動かなくなるわ。」
「万一失敗したらどうする?」
言葉に詰まったフィオナに、ベラの平手が飛んだ。
「ことの真相を知る全員が危なくなるってわかってんのか!」
「今でも同じよ!」
フィオナの胸ぐらをつかみ、ベラが叫ぶ。
「その前にお前が殺されるだろ!私はフィオナを守るためだけに生きてきたんだ!」

5章 ベラ
1節 愛しい人

 フィオナはベラがどこかへ連れて行き、取り残された私は、おじさんがいないかコレンの中をうろうろしている。おじさんに会いたい。わからないことだらけだ。
 騎士団は何をしたのか。あのクロスボウの男は誰なのか。何故男の見せた幻覚が、私が時々思い出す小屋だったのか。イヴィって誰?カイって誰?おじさんに私のことを守れと言ったのは誰?おじさんは何者なの?
「あんまふらふらすんなよ。」
木陰から声がして、見てみるとリシタが座っていた。
「お前狙われやすいんだからな。マリーに何かあったら殺すってベラに言われてんだよ。」
ぽんぽんと地面を叩くので、横に座った。
「そういえばありがとう。アユルンで。」
「一体何したらあんな変態に狙われるんだ?お前、記憶無くなってて良かったかもな。絶対黒歴史いっぱいあるだろ。」
お礼言って損した。ひとまずムリンに蹴らせておく。
「ってぇ!ごめんって。にしても、お前ヤックに何したんだよ?」
「おじさんに?」
「違う、あのおっさんも名前ヤックだっけ?俺が言ってんのは、クロスボウの方だ。」
リシタは身震いした。
「あいつホモなんだぞ……」
「え、その話関係ある?」

 リシタは震えながら話し始めた。何でも、脳味噌筋肉のリシタは頭脳労働が苦手で、日雇いで用心棒をしていたらしい。そして、ある悪名高い商人の家にいたとき、殺し屋ヤックがやってきた。ターゲット以外は手に掛けない主義で、その他用心棒達を色仕掛けで退けつつ、彼は寝室の前、最後の砦のリシタのところに来てしまった。
「ふーん、で、負けたんだ。」
「男にファーストキス奪われてみろ!!気持ち悪くて失神したんだよ!」
まだ殺される方がマシな体験をしたらしい。その他、キスされる時に可愛いだなんだと言われたとか、ほっぺた撫でられたとか、聞いてる方はちょっと楽しい話をいろいろ聞かされた。
 そんなこんなで、ヤックには手加減無しでかかったという。
「逃がしたけどな」
「リシタの手加減無しから逃げられる相手がいるの?」
リシタが片方だけ眉を上げる。
「買い被りすぎだろ……。」
そんなことないと思う。蜘蛛に襲われたときも、ノールに追いかけられたときも、昨日クロスボウの男に追われたときも、リシタが助けてくれた。
「いつも助けてくれるし。」
「お前が期待するような理由じゃねえよ。放っとけないだけだ。……本当にマリーに生き写しで……二度とマリーを傷つけたくないから、だ。もうマリーは帰ってこないってのになあ。悪あがきだ。」
正義のヒーローって訳じゃねえんだぞ、とリシタが笑う。カラカラと笑った後に、ぐっと押し黙ってしまった。
 私のヒーローじゃ不満なのね。そりゃそうだと思う。ただお姉さんに似てるだけ、しかも私はリシタが憎む魔族で、フィオナほど美人でもない。ベラほど頼りがいもない。
「でも悪い気はしねえよ、ありがとう。」
リシタは空の方を見ながら微笑んだ。そして下ろした視線の先、ベラとフィオナを見つけて手を振る。私はそっと、音を立てずに立ち上がった。

 卑屈になってるって?私みたいに、巨乳イケメンお姉さんとかふんわり美人に囲まれてみなさいよ、わかるから!サキュバスなんて男誑かしてなんぼなのに、目当ての男がびくともしないんだから。
 しかも、その恋敵がお目当てには無関心なのよ。私のこと可愛い可愛い言ってくれてたベラも、何なのよフィオナを守るためだけに生きてきたって。
 私を育ててくれた人はどこにいるの?私を生んだ人は?私に似てる誰かだとか、その時見えた姿でなくて、サキュバス抜きにして大事にしてくれる人は誰なの?

 「マリー……」
いらいらして歩いていると、後ろから声をかけられた。振り向くと、穏やかに微笑むドウィンさんがいた。
「お前が一瞬アリスに見えたんだ……膨れっ面で歩いているから、私に怒っているアリスに見えた。」
ドウィンさんはふっと笑い、それ以上何も言わず事務所へ戻っていった。手には、ボロボロの手帳が握られていた。
 リシタは、私を助けるのは悪足掻きだと言ったけれど、そうじゃないと信じたい。私が死んだ人、会いたい人に見えてしまうのは、誑かす為じゃない。その人を慰めるためだって。

 結局誰かの代わりしかできないわけじゃない、その代わりが私にしかできないんだって思いたい。きっとそうなんだよね?

4章 フィオナ 4節 ロチェスト内乱

 ああ、この子も犠牲になったのか。誰かを攻撃しなければ形も保てない騎士団に、利用されたのか。
「マリーとおっさんを狙ってた変態、逃がしちまったよ……」
飛び降りてきたリシタが、地面に転がる塊を見て口を噤む。
「アリスは私達に比べて弱かった。アユルンは危険で、騎士団の立ち入りも禁止されていた。」
「ちょっ、冗談だろフィオナ!これ、アリスなのか?救助に来た騎士団だろ!」
「騎士団の立ち入りは禁止されていた!なのに、未熟なアリスはアユルンに送られた。……いい加減、わかったでしょ。」
アリスは騎士団にとって邪魔になったのよ。絶句するリシタの横で、ベラが血の付いていない遺品を探していた。

4章 フィオナ
4節 ロチェスト内乱

 マリー、元気を出して。貴女は良くやったわ。アリスを逃がすために、村の入り口まで氷の通路を作っていたでしょう?ドウィンやハルクはアリスと仲が良かったから、ものすごくショックを受けているようだけれど……あまり関わりのなかった私からすれば、貴女の作った道を行かずに調査しようとしたアリス自身の責任だわ。……そんな実直すぎる子だから、アユルンに送られることになったのよ。
 そう……何かおかしいことには気付いていたのね。でも、まさか王国騎士団が口封じのために、騎士学校の生徒を殺すとは思わなかったでしょう?

 私が王国騎士を恨んでいるのは、内乱で両親が死んだからじゃないわ。二人は殺されたのよ。王国騎士に。
 巻き込まれたとか、間違えて斬ったとか、そんなんじゃなかった。私の両親と、私自身は、王国騎士の標的だったの。アリスと同じ理由でね。ロチェスト内乱は、元々私の口封じが目的だった。ただ、私を守ろうとしてくれた人がいっぱいいて、乱闘になっただけだった。

 今から話すこと、人に言っちゃ駄目よ。貴女も狙われることになるから。
 王国騎士団はね、昔秘密裏にある実験をしていたの……。貴女と同じような、魔族とのハーフの人間を作り出そうとしていたのよ。強いから。兵士にするつもりでね。そして、成功したの。恐ろしく強い、キメラの種族が生まれた。
 でも、そんなのバレたらまずいでしょ?騎士団は、そのキメラ達を一般人と同じように町に住ませたわ。私も最初は、お隣さんがキメラだなんて知らなかったもの。それを知ったのは、お隣さんの親子喧嘩がうちまで聞こえてきたときよ。
 お隣さんは三人家族で、お父さんとお母さんと娘だった。その娘が、まあ気が強くて……キメラのお父さんが、騎士団に駒のように扱われるのが気に入らなかったみたいよ。
 ご両親は気が弱くてね……。その娘と同じ考え方はできなかった。逆らえば殺される、キメラだから、って叫んでいたわ。私は家に帰って、騎士だった父に、キメラって何と聞いたの。キメラだから逆らえないなんて、戦場に送られるなんて、同じように生きているのにおかしいってね。父は忘れなさいとしか言わなかった。

 私は、キメラの子と仲が良かったのよ。どうしても何とかしてあげたかった。父より頼りになる人に言えばいいと思って、近所のおじさんに言ったのよ。ルダレックっていう、その頃から騎士学校に入れられてた幼なじみの父親で、ルダレックから死ぬほど怖いって聞いてたから。
 おじさんは彼が言うほど怖くなかったわ。にこにこしながら、それはいけない、きっと私の部下が職権乱用しているんだろう、きつく言っておくよと言ってくれたの。

 そしてその晩、私の家にそのおじさんが来て、両親を殺した。私にも剣を振り上げたけれど、それはお隣さんのお父さんが止めてくれた。他に住んでたキメラ達も、今戦わなくてどうする、どうせ死ぬなら戦う意味のある戦場で死んでやるって、次々騎士団に向かっていった。でも多勢に無勢だったのよ。

 わかったかしら?あら、話して良かったのかって?もういいの。私の名前が騎士団に知られた以上、時間の問題だもの……。アリスの仇は私が討つ。もうあの惨劇は起こさせない。
 忘れないで、マリー。騎士団は決して味方にはならないわ。私の両親を殺したあの男はもう死んだ。でも、息子のルダレックは、今騎士団の副司令官よ。そして今回の事件……ルダレックも、もう父親を怖がってた子供じゃないんだわ……
 ああ、この間のおじさんは大丈夫よ。あの人は、ロチェスト内乱の時に、私と友達をロチェストの外に逃がしてくれた人だから。あの時も同じように、私はおじさんを殺そうとしたんだけどね、同じように弓を渡されたの。それで思い出したわ。

 マリー、困ったことがあったらベラに言うのよ。私がした話は、ベラにもしてはいけないわ。あの子は私を追いかけてくるだろうから。
 寂しそうな顔しないで。いつかやらなきゃいけなかったの。騎士団幹部、過激派、奴らさえいなければ戦争は終わる。楽園なんて来なくたっていいわ。私が全部終わらせる。
 アリスが死んだ知らせは、おじさんがロチェストに伝えているはずよ。今しかない。騎士学校生徒会長が死んで、騎士団が混乱している今、やらなきゃ。

 マリー、貴女と過ごせて楽しかったわ。

4章 フィオナ 3節 先立たれる

 2人でちょろっと行って、南瓜だけ持って帰って、それでフェネラさん達が喜んでくれれば、アリスも満足するだろう。まだ幼いから、人の役に立ちたいだけだろう。
 そう思っていた私は、アユルンの門を火で溶かした瞬間に自分の考えが甘かったことを思い知った。溶けかけた門を壊すように、巨大なツルハシが飛び出してきたのだ。
「マリーさん!」
「うるさい、騒ぐな。襲われて当然でしょ?まあ、待ちかまえられてるとは思わなかったけど。」
ツルハシの持ち手のあたりを狙って火の玉を飛ばすと、向こうから断末魔の悲鳴が聞こえた。
「……強いですね」
「だてに囮やってるわけじゃないから」
門をくぐると、カロックくらいの大きさの人型魔族が灰になるところだった。なるほど、これと人間の混血ならハルクみたいになりそうだ。

4章 フィオナ
3節 先立たれる

 アリスは少し笑顔を見せるようになった。やっぱ怖かったんじゃないか。その後も襲いかかってくる魔族をなぎ倒していく。どうもこいつらは注意力がない。操られているからかもしれないけれど、私から妙に視線がずれている。というか、珍しくアリスの方に目が向いているようだ。
「アリス、狙われやすいの?」
「いえ、でもやっぱり僕を狙ってきますよね?」
アリスが一々びくつくのも、大勢に見つめられるからだろう。でもなんで。操られているなら、操ってる奴は、何故弱いアリスを狙い続ける?騎士団だから?
 いや、ならば騎士団が調査を怠るはずがない。何がどうなっているの?
「アリス、私が思うに、ここは長居すべきじゃない。何もかも辻褄が合わない。誰かが、嘘を吐いてる。」

「忘れたのか、イヴィ?」
突然の声に見上げれば、屋根に男の影が見えた。
「マリーさん!」
アリスが剣を抜き、私を庇うように立った。それを見て男が笑う。
「騎士学校の生徒か。夢見る少年には酷かもしれないが、知っておいた方がいいだろう。」
屋根から軽やかに降りてきた男の顔が、月明かりに照らされた。色白な肌、赤い瞳。陰影のくっきりした顔は、どこか見覚えがある。あまりに美しくて恐ろしい程の彼は、ゆっくりとボウガンを持ち上げた。
「イヴィ、思い出せ。誰に殺されたか。俺からイヴィとカイを奪ったのは王国騎士団だ。」
この男が何を言いたいのかはわからないが、この矛盾だらけの言葉はアリスを怒らせた。男に剣を突きつける。
「王国騎士団を侮辱するな!」
「坊ちゃん、下がっていてくれないか。私はターゲット以外を殺したくないんでね。」
それに、と男が見やった先には、先ほどまでより大きいゴブリンが迫ってきている。
「君にはやることがあるんじゃないのか?可哀想に、君の正義感が仇になるだろうがな。君の望まない物が出てくるだろう。」
君の正義感が仇になる、君の望まない物が出てくる、アリスは騎士団に憧れている……アリスを狙い続けるゴブリン。この男を信用するにせよしないにせよ、様々な噂の立つアユルンにアリスを連れてくるべきじゃなかった。
「アリス、この頭おかしい奴の相手は私がする。ゴブリンを撒いて逃げなさい!」
ゴブリンの群の中に、通路を作るように二枚の氷の壁を立てる。仕上げにアリスの背中を蹴飛ばして、男に向き直った。

 アリスがいなくなると、男はボウガンを下ろした。
「まるで生き返ってきたみたいだな、イヴィ。」
男がそっと私の頬にふれる。さっきまでが嘘みたいに優しい目をしていた。
「本当に何もかも忘れたのか?カイの事なんて、命がけで守るぐらい愛していただろう?それとも、守れなかった俺に幻滅したから、記憶から消したのか?」
手が首を撫でた。包み込むようにそっと。温かくて気持ちがいい。どうしてだろう、周りの火が消えて、綺麗な緑の森が広がっている。男の背後には小さなログハウス。屋根に登るはしご。私が浮かせた屋根板は、乾いて太陽の光で温まっている。
「忘れていい、消してかまわない。だからもう離れないでくれ。あんな嫌な記憶忘れていいから、俺とずっと一緒にいてくれないか。このまま元の道を歩んで、奴らに殺されないでくれ。」
男の目から流れた涙が、緑色の光を浴びてきらりと光る。息が苦しい。
「そのまま息を止めてしまえばいいんだ。もう離れることもない。監禁されることもない。殺されることもない。ずっと一緒だ。」
首が痛い。頭が重い。男の瞳に私が映った。歪んだ笑みの中に、苦しそうな、首を絞められた私が見える。このまま眠ってしまえば、燃えた村になんて戻らなくていいんだ。そんな考えが頭を過ぎった。

 リシタも、フィオナも皆、私以上に思う相手がいる。私、寂しかったんだ。リシタとベラとカロックの家族の枠には入れない。フィオナとベラも私よりお姉さんで、いつも二人で話している。ハルクは村の英雄。ある日突然、村を滅茶苦茶にするような爆発を起こして娼館から逃げてきた私を、コレンの人は暖かく迎えてくれた。でも所詮余所者で、魔族で、私の力は人を惹き付けるというものだ。私を生んだ誰か以外は、私が騙して好きにならせているようなもの。でも、私だけを愛してくれたあの人ならば……。

 突然体がぐらっと揺れ、周囲の森が消え去った。目の前には、倒れた男と、それを踏みつける王国騎士。いや、おじさんが立っていた。
「まったく、こりゃやっかいな相手だ。サキュバスのハーフか。」
「てめえ……っ!」
男がボウガンを構えると、おじさんはひらりと飛び退いた。ボウガンとは思えない勢いでボルトが連射される。そのうちの一本が腕を貫通した。
「おじさんっ!……ファイアボール!」
男に火の玉を飛ばした。火が男を飲み込み、服やら髪やらを焼いていく。が、焼けた先から再生していった。
「サキュバスの、ハーフ……」
「ああその通りだ。攻撃しても無駄だぞ。特にマリーが近くにいる間はな。ここは逃げるぞ。」
おじさんが、怪我したはずの腕で私を抱えた。走れると言ってもおろしてくれない。微かに笑って、頭を撫でてくる。不意に両腕で抱きしめられた。
「君を守ってくれと頼まれたからな。」
耳元で優しい声。すぐに走り出したおじさんの足元に、ボルトが次々打ち込まれた。あの男は誰?イヴィって、カイって誰?あの異様な武器は何?それより何より、おじさんは何者なの?先程から、人間とは思えない動きで、私を抱えたまま屋根から屋根へ飛び移っている。体に刺さったボルトも見えた。
「おじさん、私をおろして!あいつが狙ってるのは私だから!」
おじさんは答えない。ただ、だだっ子をなだめるように笑っただけだった。
 頼まれたって、どういうこと?おじさんは私が誰か知っているの?後ろから追いかけてくる男は、何故か私を狙わなかった。おじさんが次々被弾していく。
「おじさんっ!」
ぽんぽんと背中を叩かれた。
「大丈夫だ。こっちへ行けばリシタがいるから……」
「リシタ?」
「アリスを追っているようだった。全部で5人くらいだな。……っ!」
突然おじさんの体が傾いた。
「くっそ……足が……!」
私を抱えたまま、おじさんの体が屋根を超える。
「アイ……」
重力が消え、出掛かった呪文も止まってしまう。何の支えもないまま、私達は地面に叩きつけられた。

 思ったほど痛くない。
「忘れやしない、王国騎士団……二度とイヴィは渡さん……」
ふと上を見れば、男がボウガンをこちらへ向けていた。下から呻き声が聞こえる。おじさんが下敷きになっていた。
「イヴィ、生まれ変わったら、今度こそずっと一緒にいよう。心配するな。すぐに俺も逝く。」
おじさんの手が、私を引き寄せる。
 と、男が後ろに飛び退いた。
「……リシタか。」
「久しぶりだなあ、ヤック……てめえ、女に暴力か?ターゲット以外には手を出さないって、あんたのやり方じゃなかったのか?」
屋根の上には二刀流の男。リシタの剣は男の喉にぴたりと当てられている。
「何やってんだ、マリー。さっさとおっさん治療して逃げろ!」
「俺より王国騎士を取るのか、イヴィ?」
今度こそ私を狙ったボウガンだったが、再び阻まれた。ボウガンを持った右腕に矢が刺さっていた。
「馬鹿なことはやめろ。殺せる程度にしか愛していない女なのか?私には、お前がこの子を殺せるとは思えないが。」
おじさんがゆっくりと起き上がる。男は左手にボウガンを持ち、リシタと打ち合っていた。明らかにリシタが優勢だ。少し離れても大丈夫だろう。
 おじさんはまた私を抱え上げた。
「もう下ろしてってば!」
「駄目だ、マリーを守ると約束したからな。アユルンは危険だから入るなと言ったのにお前という奴は……」
笑いながら、ひょいひょいと屋根に登る。
「だってアリスが1人で行くとかって馬鹿なこと言うから!」
「アリス!」
ハルクの叫び声が聞こえ、下を見た。

 墓場の中を走るアリス。赤い大きなゴブリンが追っている。もう逃げ場がなかった。
「アリス、こっちよ!」
フィオナが叫びながら、何度も柵に体当たりしている。燃えている村の鉄柵は熱く、盾のないベラとハルク、カロックには為す術がなかった。
 私達が見ている前で、ゴブリンの手がアリスの頭を掴む。と、視界が真っ暗になった。
「見るな。」
おじさんの声がする。フィオナ達の声が消えた。ただ、パチパチと家が燃える音だけ残った。
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